oregano note

シンプルで合理的な生活

手段が目的ではなく、人によりベストの手段は異なる

マイナス面も多いとはいえ、年々、身の回りのものは進化を続けている。
戦後に三種の神器とうたわれたテレビに洗濯機、冷蔵庫といった家電製品は、いまやごくありふれたものとなっている。
それどころかスマートフォンの急激な進歩により、一昔前のPCを凌駕する性能が手のひらサイズに治められる次第だ。

こうしたスマートフォンや、あるいはキャッシュレス決済をめぐる話題は、ネットでも頻繁に取り上げられる。
そしてしばしば論争になることも多い。

「まだ○○しているの? or していないの」的な、侮蔑したり揶揄するような言説だ。
さすがに直接的にそこまでは書かなくても、言外にそれがにじみ出る記事もある。

もちろんこうした書き方は、炎上によるPV目的もあるだろうが、そうした例ばかりではなくむしろ本当に善意で書く人も多いだろう。

これには、自分が選択した手段に満足したり感激したことに過剰に思い入れができるのではないか。
ただ、無意識のうちに同じ手段を採っていない人のことを下に見る傾向もあるように感じられる。


こんな便利なものを使わないなんて、という気持ちとともに、使えないなんて、という見下した感じもあり、それが出てしまったのではないだろうか。


だが、ある人にとってベストな手段が、別の人にもベストであるとは限らない。

Sky flower


スマートフォンが普及した今はフューチャーフォンの時代と比べて、外出先でも気軽に情報を得ることができるが、必ずしもそれが万人にとって良い手段とは限らない。
この便利さは盗難時のリスクとの引き換えでもあるし、維持費も高額になる。
スマートフォンの機能が不要な人にとって、ならばむしろガラケーの方がよい選択ではないだろうか。

キャッシュレス決済にしても便利なのもとはいえ、実際に現金でないと使いすぎてしまう人は多いようだ。
それでいてクレジットカードをメインにするならば、それは決して賢い方法とは言えないだろう。

人間は十全ではいられない。
できない人のことを下に見ている人も、それとは別の面で劣ることがある。
むしろ大切なことは、自身の必要な範囲と得手不得手を把握し、それにあわせた方法を用いるべきで、なにを利用するかは、あくまでも手段に過ぎず、それが目的となってしまっては本末転倒になるだけだろう。