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ゆうきまさみの『新九郎、奔る!』~馴染みのない複雑な舞台を背景に描く難しさ

ゆうきまさみの『新九郎、奔る!』は発表当時から北条早雲(というより後北条氏の祖である伊勢新九郎盛時)を主人公にした連載ということで話題になっていたが、1巻の発売からかなり遅れ、ようやく読むことができた。

新九郎、奔る!(1) (ビッグコミックス)

俗説の浪人説でもなく、また1456年生まれとしているのは平成の終わりである現在ならば当然だろうか。
1巻ではちょうど応仁の乱の前夜、新九郎が子供の時代からはじまるため、スタート時から、勢力や人間関係のややこしさが背景となっている。

そのため、登場人物の会話劇や、マンガ的な表現を多用して情勢を描こうとしており、学研の歴史学習まんがをコミカルにしたような印象だ。

(このあたりは詳しくは1話無料なり、試し読み等をご覧ください)

こうして作品を描き進める上で、状況説明にかなり労力を割いているのだが、この試みはうまくいっていないように思える。
むしろこうした試みが物語を読み進めるのにかえって阻害しているのではないだろうか。

 

ゆうきさんの作品ではこれまでも、さまざまな勢力や人間の思惑を背後に描いた話がよくあるが、物語を読み進めるうちに次第に明らかになっていく過程がうまかった。
特にパトレイバーでは冒頭から最初に出動の終わりにかけて、特車二課という組織の立ち位置、キャラクターの性格、レイバーをめぐる技術、社会情勢までが自然に入ってくるように展開されていた。


あるいは、同時代的な話ならば、短編ではあるが、山田風太郎の『室町少年倶楽部』では、最初に少年時代の足利義政や細川勝元らの交流を書きつつ、その後の彼らの人生を描いていく。
その過程で、不必要なところは適当に切り捨てている。

もちろん小説とマンガの違いもあるし、なによりテーマからして室町少年倶楽部にはそこまでの複雑怪奇な人間関係を描く必要もないため、安直な比較はできないだろう。

ただ新九郎も最初からあまり細かな説明をせずに、主人公の日常を追いかけながら2~3巻をかけて、ゆっくりとこの世界を描写したほうがよかったのではないか。


とはいうものの、そんな悠長なことは言ってられないのだろう。
呉座先生の新書「応仁の乱」が売れたとはいえ、応仁の乱前後や後北条氏は歴史マニア以外にはまだマイナーな題材だ。
歴史上の有名どころ、たとえば信長まわりならば、それほど事細かに説明しなくても、織田家の有名な武将や関わってくる他の勢力くらいはどういう人間か知られていることが多い。
先日も刀剣乱舞の実写映画で、舞台を本能寺に選んだのは、ライトユーザーでも説明無しで観られるように、という話を脚本家の小林靖子さんがされていた。

一方で、恥ずかしながら個人的にも応仁の乱前後の時代の人が誰がどこの家の人なのか、すぐにはよくわからない。
今、ふと細川家ってどの有名な家がいくつあったっけなどと思い出そうとしているが、さっぱり忘れているくらいである。

応仁の乱 戦国時代を生んだ大乱 (中公新書)

ネットでは好意的な書評やレビューは多いものの、それはゆうきさんだから一定の品質が保障されているだろうという点もありそうだ。
私も、ゆうきさんが描くなら面白くなるだろうという先入観がある。

だが扱う題材としては多くの読者に読んでもらえるだけのバリューはないため、のんびりを話を勧めていたら、人気漫画家とはいえ打ち切りの可能性もある。
そうなると、描きたいところに辿り着く前に連載が終了してしまうかもしれない。
実際にゆうきさんは人気マンガ家になってからも打ち切りにあったことがかなり思うところもあったようで、そうした事情も今回あったのではないだろうか。

 

ここまで、マイナスなことばかり書いてしまったのだが、新九郎少年を主人公として大上段に構えて読むのではなく、この時代自体を俯瞰した話として捉えると、かなり魅力的な作品になる。
これだけの情報量を詰め込みながら、独りよがりな内容にはなっていない。
大河ドラマの知らない舞台を描いた話でもたのしく視聴できる人なら、問題なく読めるはずだ。
主要なキャラクターの個性もしっかりと描き分けられているし、このあたりは、さすがに実績ある描き手の力量だとおもう。

どちらにしてもまだ1巻だけでしかないので、本当の評価はもう数巻は先のことになりそうだが、これをきっかけに戦国や幕末などのメジャーな時代以外の作品も増えてくれるとうれしい。