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シンプルで合理的な生活

iPhoneがフォロワーになった日。けれどもそれは林檎の収穫の時期

2017年の新しい iPhone の発表は衝撃的だった。

これまでなにかしら、特にナンバリングが変わる年には、新しいなにかを搭載してきたはずのiPhoneがそうではなくなってしまったからだ。
デザインや機能はどこか中華スマホでみたもので彩られていた。

そんなこともあり、海外では強い失望を表明する記事も少なくなかった。
iPhoneの新モデルが出る度に、とりあえず何かの批判をする記事は少なくないのだが、たしかに今年は機能的にもデザイン的にも目新しいものはない。

だが、革新的でないiPhoneは本当にダメなことなのだろうか。

Apple Computer Presentation

どんな発想力が豊かな人や企業も、毎年のように革新的なものを生み出せるわけではない。
ほとんどの人間も企業も、なにも生み出せずに消えていく以上、10年にひとつ生み出すだけでも、歴史に残るレベルの偉人になる可能性がある。
スティーブ・ジョブズにしても、毎年、世界を変えるようなアイテムを送り出していたわけではないのだ。

2007年にiPhoneが世に出て以来10年が経過した。
SamsungのGalaxyシリーズをはじめ、数多くのスマートフォンが発売されたが、これはiPhoneのフォロワーである。

だが、どんな革新的なモノでも、大なり小なりなにかに影響されて誕生したモノである。
スマートフォンにしても、フューチャーフォンがあればこそ産まれたものに違いない。

iPhoneにしても、多くのガジェットに影響を与えて生み出し、その影響をまたiPhoneが受けている。
言い方を変えれば、今年のiPhoneは、先代のスティーブが蒔いた種を、後を継いだティムが収穫しているのだ。


多くのユーザーが求めるものは、前のモデルの欠点を改良し、少しでも使いやすく、そして少しでも買いやすい価格を望んでいる。
斬新なデザインや機能でも使いにくいものならば、オーソドックスなデザインや使いこなせる機能の方が、ユーザーは助かる。

毎年(あるいはこれまでならナンバリングのアップした年)のように革新的な機種を望んでいるのは、ガジェットマニアを除けば、Apple株に投資している投資家だろう。
彼らは毎年iPhoneがいかに収益をあげられるか、それどころか四半期での数字に一喜一憂する生き物だ。
だがそれはあまりに強欲というもので、収穫量を欲張るあまり、いずれ樹木を枯らしてしまうだろう。

Apples

長々と書いていたが、いわゆるポエムを書こうとして失敗したのだ。
私には革新的どころか真似る才能すらもなかったのだ。

そんなわけで最後にAppleに求めるのはとりあえずひとつ。

我が家の iPhone 6s Plus、ゴーストタッチがなにをしても治らず、もう2年間悩まされています。
これだけはなんとかしてください。
お願いします m(。・_・。)m